
長崎観光の呼び水に、思案橋を復元へ
長崎市の思案橋・銅座・丸山地区の商店会や自治会でつくる同地区活性協議会(大平和広会長)は、花街として華やかだった往時の思案橋の復元に向けて本格的な活動を開始した。長崎市役所で二十日、復元構想を明らかにした大平会長は「長崎の歴史的財産を、元に近い形に戻し、長崎観光の呼び水にしたい」と意気込みを語った。
大平会長らによると、思案橋は一五九二(文禄元)年に鍛冶屋町と本石灰町の間を流れる玉帯川に架けられた土橋が始まり。板橋、石橋、鉄橋と様式を替え、一九五六年、道路拡張に伴い撤去されたとみられる。現在、鉄橋時代の欄干の一部が復元され、当時の面影を残している。
計画では、文政年間に描かれた「長崎名勝図絵」を参考にイメージ画を作製。行政との共同事業を目指し、同市本石灰町の国有地(約二百六十平方メートル)に木橋(長さ七メートル、幅三メートル)を建造する。長崎ゆかりの古美術を集めた市民美術館の併設なども検討している。
大平会長は「思案橋の名は全国的に有名で、観光客から『橋はどこ?』と聞かれるたびに心苦しい思いをする。地区内の思切橋(おもいきりばし)、見返り柳とセットで新たな観光スポットにしたい」と話している。
同協議会は、長崎商工会議所が進める中心市街地活性化計画に基づき四月に発足。市内に同様の組織が七つあり、それぞれ地区の活性化策を検討している。
(2001年12月21日[金] 長崎新聞記事より) |
|
|
|